2022年の10月、ちょうど全日本合唱コンクールの直前、会津高校合唱団顧問の大竹先生より「Nコンの自由曲を作曲してほしい」とお話をいただきました。当時は数曲しか作曲していなかったのでご連絡をいただいた時はとても驚きました。名もない作曲家に委嘱することは相当なご決断だったと思います。一方で名門・会津高校と一緒に新しい音楽を作れることにとてもワクワクしました。
そうして生まれたのが「帰途(詩:田村隆一)」という曲です。
内心ドキドキしながら譜面と簡易的な音源をお送りしたところ、大竹先生は「帰途」をとても気に入ってくださり、すぐに電話がかかってきて「全日本合唱コンクールでも自由曲をお願いしたい」とおっしゃってくださいました。自分の精一杯の行動をして期待に応えたいと思いました。
まずは詩探しです。世間はどんどんデジタル化する中、この作業だけはアナログ。「いい詩はないか」とアンテナを張り続け、いろいろな場所に足を運んで作曲できそうな詩を探します。
ある日後輩と古本屋にいたとき、彼が一冊の本を私のところへ持ってきます。
『詩集 星痕』
見た目がとてもおしゃれで、星痕というタイトルも気に入り、語感にも惹かれ、これが探していた詩集だ!と直感的に思いました。詩集を見つけてくれた後輩にはとても感謝しています。
星痕の著者は佐伯圭さんという方で、他の詩集もあると知り、佐伯さんの全ての詩集を出版社から取り寄せました。(それを知った佐伯さんは、現在販売されていない詩集も送ってくださいました。)
そうして佐伯さんの数ある詩の中から「夢の潟湖(ラグーナ)」に付曲させていただくことを決めました。詩に音楽的物語性があり、深い悲しみを想起させる作品でした。
作曲にうつります。まずはどこをクライマックスにしてそこへ到達するためににどう道筋をつくるのか、大雑把な起承転結を考えます。その後は詩を復唱し、心の奥の方で鳴っている音をすくいあげていきます。
合唱作曲はある程度構成が詩に依存するため、音楽的つながりをもたせにくい性質があります。詩に寄り添いつつ自然な構成をつくるため、今回は「ラグーナの動機」をいたるところで使用し、嘆き・叫びを散りばめて統一感をだしていきました。
終活部「逝く舟の上につもる わたしの想いよ 今はまどろめ」という部分では、和声を積み重ね、神秘的で非現実的な時間を創りました。
会津高校のみなさんとの初対面は7月、ちょうど定期演奏会を控えており、そこで初演をしてくれるとのことで立ち会いをしました。とてもピュアな表情を見せつつも、音楽に対しては信念を持っている。「伝統」を感じさせる立ち居振る舞いでした。こちらの要望にもすぐ応えてくれる高い基礎能力・音楽性は高校生とは思えないほどでした。
高校生はどんな気持ちでこの曲に取り組んでくれているのだろうと思いました。「伝統」のプレッシャーの中で、前例のない新曲に取り組むことは不安が大きいだろうなと感じていました。
いつもの制服(学ランと赤いチェックのスカート)ではない、爽やかな青い夏服で初演をしてくれました。曲の内容が伝わってくる素晴らしい演奏で、ひたすらに感動的なひとときでした。また違うステージで演奏されていたオペレッタ「メリー・ウィドウ」も圧巻の演奏でした。
その後会津高校は県大会、東北大会を突破され(発表の度にドキドキしました。)、香川で行われた全日本合唱コンクール全国大会において、「夢の潟湖」を披露してくださいました。
そんな会津高校の演奏はこちらです。
楽譜はこちら
この唯一無二の体験をさせてくださった大竹先生、そして会津高校合唱団のみなさんにこの場を借りて感謝申し上げます。また音楽の中枢を担ってくださったピアニストの鈴木結花さんに厚く御礼申し上げます。
いま、委嘱作品はたくさん世の中に生まれていますが、その数だけドラマがあることを実感しました。この会津高校との一年間のドラマは特別で一生忘れられないものになりました。
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